COLUMN
LINEの返信が来ないので、僕は恋愛をデバッグすることにした
恋愛をすると、人は少し馬鹿になる。少なくとも僕はなる。
LINEを送る。 返信が来ない。 3時間、6時間、12時間。 ここまではまだ理性がいる。 「仕事だろう」「忙しいんだろう」「スマホをずっと見ているわけじゃない」。 そんなことは分かっている。
ところが、一晩寝て起きても返信がないと、頭の中に別の自分が現れる。 何か変なことを送っただろうか。 昨日のあの一言がまずかったのか。 もしかして気持ちが冷めたのではないか。 そもそも最近、少し返信が遅くなっていないか。
事実として起きているのは「返信が来ていない」ということだけなのに、頭の中では勝手に物語が作られていく。 僕は昔から、こういう正体の分からない不安があまり得意ではない。
3日半、LINEが来なかった
付き合う前、数日間LINEが空くことが何度かあった。
あるときは、7月4日の19時50分から7月8日の8時04分まで。 約84時間、3日半近く連絡がなかった。
ようやく届いた返信には、 「連絡が遅くなってしまって申し訳ないです」 とあった。仕事がかなり大変だったらしい。 それを読んだ僕は安心して、 「お忙しいんだろうなと思いながら歯を食いしばってました」と返している。さらに「不安に押しつぶされそうに」とまで表現していた。
今読み返すと、なかなか率直である。 ただ、そのときの自分としては本気だった。
しかも、これが一度ではなかった。 別のときには約93時間、約70時間、約47時間と空いている。 振り返れば、数日連絡が途切れること自体は決して珍しくなかった。
ただ、返信を待っている最中の僕には、それが分からない。 過去に何度同じことがあっても、今回だけは何か違うように感じる。
LINEというものは面白い。 返信が届けば「ああ、忙しかっただけだったのか」と数秒で安心できるのに、それまでの数十時間には、いくらでも悪い想像ができる。
だったら、本当に遅いのか調べればいい
何度か同じことが起きたころ、ふと思った。
僕はいま「返信が遅い」と感じている。でも、本当に遅いのだろうか。
今回だけ異常に遅いのか。 それとも、もともと仕事が忙しくなると数日空く人なのか。 「いつもより遅い」という感覚そのものが、自分の不安によって作られているのではないか。
ここで、僕の中のエンジニアが顔を出した。
だったら、データを見ればいい。
僕は過去のLINEログをChatGPTに読み込ませた。 恋愛相談をしたというより、ログ解析を頼んだ、という方が近い。
当時、相手から送られてきたメッセージは195件あった。 それぞれの送信から次の送信までの時間差を出し、さらに「12時間以上空いている区間だけを抽出して」と頼んだ。
該当したのは37区間だった。
平均すると約32時間34分。 ただ、僕が見たかったのは平均値よりも、その中身だった。 84時間14分、93時間04分、70時間11分、46時間51分。
画面を見ていて、ようやく腑に落ちた。 普通に、何日か空いている。
もちろん、平均32時間だから32時間後に返事が来る、という意味ではない。次の返信時間を予測したかったわけでもない。
僕が知りたかったのは、 「今回だけ何かがおかしくなったのか」 ということだった。
過去のログを見る限り、数日空くことは何度もあった。 つまり「12時間も返信がない。何か関係がおかしくなったのではないか」という僕の不安には、事実とは言えない部分がかなり混ざっていた。
それが分かっただけで、少し楽になった。
不安になると、事実と想像の境界が曖昧になる
考えてみれば単純な話だ。
「12時間返信が来ていない」。これは事実である。
でも、「いつもより遅い」は比較しなければ分からない。 「嫌われたのかもしれない」「気持ちが冷めたのかもしれない」まで行けば、完全に想像だ。
ところが、不安の中にいると、この三つがほとんど同じ重さで頭の中に存在する。
返信が来ない。 いつもより遅い。 何かあったのではないか。 僕への気持ちが変わったのかもしれない。
頭の中では、数秒でそこまで話が進む。
LINEのログを分析して分かったのは、相手の気持ちではなかった。 むしろ、自分がどこから勝手に物語を作り始めていたのかだった。
「返信が来ていない」という事実は変わらない。 でも、「だから何か悪いことが起きている」という部分は、僕が自分で付け加えたものだった。
分析というのは、未来を予測するためだけのものではないらしい。 少なくとも僕にとっては、事実と、自分が作った物語を切り離すための手段でもある。
思えば、昔から同じことをしている
僕は長くエンジニアとして働いている。
システムに障害が起きればログを見る。 数字がおかしければ過去と比較する。 想定と違う動きをすれば、どの条件で起きているのかを切り分ける。
**「何が起きているのか分からない」**という状態が、一番気持ち悪い。
だから、分ける。 分かっていること。 まだ分からないこと。 確認できること。 今は確認できないこと。
問題が巨大な塊のまま目の前にあると不安になる。 でも、それを細かく分解して輪郭が見えるようになると、少し落ち着く。
僕は長い間、これはエンジニアとして身につけた思考法なのだと思っていた。
最近は、順番が逆だったのかもしれないと思っている。
分析する人間になったから、不安に対処できるようになったのではない。 不安を強く感じる人間だったから、分析することで何とか対処する方法を覚えたのかもしれない。
「ふたりの診断」を作った理由も、案外同じなのかもしれない
今、僕は「ふたりの診断」というサービスを作っている。
二人がそれぞれ質問に答えて、お互いの価値観や考え方の違いを知るためのサービスだ。婚活を始め、自分自身が相手と向き合う中で感じたことがきっかけになっている。
ただ最近、自分の行動を振り返っているうちに、LINEのログを分析したことと「ふたりの診断」を作ったことは、自分の中ではかなり近い行為なのではないかと思うようになった。
恋愛には、輪郭のない不安が多い。
この人と結婚して大丈夫だろうか。 価値観は合っているのだろうか。 自分はちゃんと愛されているのだろうか。 一緒に暮らしたらうまくいくのだろうか。
そのまま考えるには、問いが大きすぎる。
だから分ける。
お金についてはどう考えているのか。 仕事についてはどうか。 愛情表現はどうか。 家族との距離感はどうか。 どんな暮らしをしたいのか。
すると、「この人と大丈夫だろうか」という大きな不安が、「ここは同じ」「ここは違う」「ここは話してみよう」という、少し扱いやすいものに変わる。
これは、二人の相性を点数で判定したいからではない。
正体の分からない不安を、二人で話せる大きさまで小さくしたいのだと思う。
LINEの返信が来なくて、過去ログをChatGPTに解析させた僕も、「ふたりの診断」を作っている僕も、結局同じことをしている。
分からないものを、分かるところまで分解する。
それが僕なりの、不安との付き合い方なのだと思う。
それでも、人間はデバッグできない
ただ、恋愛をしていると、エンジニアとしては少し困った事実にも気づく。
人間はシステムではない。
ログを全部見ても、相手の本当の気持ちは分からない。 返信が遅かったのは仕事だったのかもしれないし、眠かっただけかもしれない。単に返信する気分ではなかったのかもしれない。 本人にすら、はっきりした理由がない場合もあるだろう。
過去のLINEを全部分析しても、「この人はいま僕をどう思っているのか」を返してくれる関数はない。
「ふたりの診断」も同じだ。 価値観がどれだけ一致していても、その二人が必ず幸せになる保証はない。逆に違いが多くても、うまくいかないとは限らない。
分析できることには、どうしても限界がある。
これまで生きてきて、僕はようやくそのことを少しずつ理解し始めている。
分かることは調べる。 事実と想像を分ける。 自分の頭の中で勝手に作った物語には、一度疑いを持つ。
でも、その先には必ず「分からない」が残る。
昔の僕なら、その部分まで何とか分析しようとしたのかもしれない。 今は少しだけ、「ここから先は分からない」と置いておいてもいいのではないかと思うようになった。
僕はこれからも、不安になればきっと分析する。 LINEのログだって、必要ならまた見ると思う。 たぶん性格なので仕方がない。
ただ、恋愛にはデバッグできる部分と、どうしてもデバッグできない部分がある。
そして、そのデバッグできない部分を相手に委ねても大丈夫だと思えることを、もしかすると「信じる」と言うのかもしれない。
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